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【アメリカ移住】つらかったことトップ3

2020年でアメリカ在住10年となりました。家族、3人(妻、長男、長女)と伴に東海外で暮らしています。

日本から移住して10年たったので少しは、落ち着いてきたかなと思いたいところですが、まだまだ、課題や面倒が多いのが正直な感想。

仕事以外にも、子供の学校の手続き、宿題サポート、確定申告、よくわからない書類が届いたり。。

英語の文章を読むスピードもネイティブに比べれると遅いので、対応に時間もかかる。

なんとか過ごしているという感じです。なぜ、アメリカに移住したかと言うと、

大学のころ、一か月間、ロスアンゼルスに短期留学し、アメリカの魅力と英語の重要性を実感。それから、いつかアメリカで仕事をしたいという思いが芽生えました。

就職してその目標をもちならが、サラリーマンとして働いていました。転機となったのは、32歳の時、思い切って仕事を退職し、アメリカ移住を決断。

当時は、長男がまだ小さく、もちろんアメリカでの仕事も決まっていませんでした。

当然のごとく皆に心配されましたが、長年の目標であり、年齢的に最後のチャンスかもしれないと思い予定通り退職。

何とかなるだろうという根拠のない自信があったのも事実です(笑)

案外、私と似た状況で、アメリカ移住を決めた人も多いかもしれません。あるいは、二十代で仕事を辞めて、アメリカに移住、留学を予定しているという人は、更に多いと感じています。

今回は、そんな人のために、私の経験談をお伝えします。

楽しいことは、たくさんありますので、逆につらいことを知って、事前準備や心構えの参考になれば幸いです。つらかったことトップ3です。(3 →1位の順番)

知人や友人ができないストレス

30歳を過ぎてからの移住となり、若かりし頃の柔軟性、積極性が衰え、現地の友人づくりには苦労しました。

家族もいたので、最初は気にしなかったのですが、仕事や日常の生活で知らぬ間にストレスがたまっていく。

こんな時、日本にいたときであれば、長年の付き合いがあり、気を使わなくて済む気心の知れた友人たちと、語り合えば、気持ちはだいぶ楽になりました。

アメリカにはそんな気軽になんでも話せる知人や友人がおらず、はけ口も言えない。SNSで近況報告しても、やはり実際の声にだしてしゃべるのとでは、全然気持ちの高揚感も違う。。。人は一人では生きられぬとは、よくいったものです。

このままでは、アメリカ生活に支障がでると感じで、少しずつ行動。

どのようにして友人作りをおこなったかと言うと、アメリカには文化、アニメ、食など日本に興味をもっているアメリカ人は多く、また日本で英語の先生として働いていた人などのコミュニティがあったので、そこをうまく活用しました。

外国人の心をとりこにする、日本の素晴らしい文化や習慣を気づいてくれた人たちに感謝です。日本人というだけで、話題がつくれるベネフィットは大助かりです。

片言の日本語を話せる相手だと、ぐっと距離が縮んだりします。ただ、基本会話は英語なので、自分が言いたいことを完全に伝えれなかったり、人種や差別にならないかなど言葉を気にしたりして、日本の友人や知人と話すようには、いきません。

年を取ると友人を作りにくくなりますが、アメリカにきたらそれがさらに顕著です。

現在は独自にストレス解消を生み出し、メンタル健康管理に気を付けています。ただのランニングとジムですが(笑)

もちろん、アメリカ在住の日本人と仲良くなるのも手ですが、私はアメリカにいるので現地の人との交流を意識しました。

職探し

日本からアメリカに移住した時、仕事が決まっていなかったため、これは大きなプレッシャーでした。

アメリカ現地の大学を卒業して職探し中というのであれば、少しはましでしたが、家族ありの職なし、そしてアメリカの学歴、職歴も当然なしと、今考えるとよくやったなと思います。(笑)

貯金も大してなかったため、半年を目途に仕事を見つけることを目標に行動。同時に取り組んだのが英語の勉強です。現地の語学学校を見つけ、毎日英語の勉強。

苦ではありませんでしたが、家族で外出しても仕事を早く見つけなければいけないという、そして本当に見つかるのか?というプレッシャーがいつも付きまといました。

転職経験はなく、やり方がよく分からなかったので、とりあず東洋経済が発行している海外進出企業総覧の分厚い本を購入し、アメリカに拠点を置いている日系企業を調べたのを覚えています。

そして、ホームページの採用欄に記載されている連絡先に履歴書を送付しました。

いろいろ模索しているうちに、日本人やバイリンガル(日本語、英語)を対象にしたリクルート会社があることを知りました。アメリカに渡ってくる日本人が多いことを考えると、それもそうかと一人で納得。

グーグルで探して、米国に拠点を置く日系リクルート会社に登録し、英語の履歴書をアップデート。それら日系リクルート会社のウェブサイトにも求人は掲載されてましたが、目玉求人は直接担当者から紹介してもらうことになると思います。

そして一週間もしない内に、担当者から連絡をいただきました。さすが、日系企業動きが早いです。日時を決めれば、担当者から電話がかかってきます。そこで、聞かれるのは職歴と英語力。

日本で転職するのと同じようなプロセスかと思います。ただ一点、違うのは、英語力確認のため、いまから英語で質問するので、英語で答えて下さいと、言われます。まぁ確かに、英語力がない人を企業に紹介するのも、厳しいかもしれません。

当時の私の英語力はTOEICで700点程度でしたが、何とかOKをもらえるような感じでした。あと日本で営業経験があったのも役に立ちました。

ご存じの通り、アメリカは日本企業の進出数が世界一多い国。アメリカに拠点を置く日系企業向けの営業や、アメリカ市場に力をいれたいため、営業を探しているという会社が複数社ありました。

リクルート担当者が興味を持てば、次に企業の担当者との面談です。一回目はスカイプあるいは電話で行うケースが多いです。

もちろん英語なので、ここは難関です。ただ、求められるのはネイティブレベルの英語ではなく、ビジネスレベルの英語です。

ネイティブレベルの英語を話せる人は、現地の企業のリクルート会社に登録し、現地アメリカ企業に勤務するからです。

現地企業の方が待遇はいいですが、壁は高いです。

日本人向けのリクルート会社に登録している人は、日本語を話せること、文化を知っていることがプラスと評価されて、面接を行うことになったと思います。ここを通過すれば、face to faceでの最終面談です。

私は、本当に運よく2社から内定をもらうことができました。ほぼ運と勢いで成しえたと感じています。

これは10年以上の話しになりますが、今でも、忘れはしません、最終面接での緊張感。これで落ちたらアメリカで生活できない思っていたので、何とか採用してもらうよう、必死にアピールです。

最終面接が終わった瞬間、今までの疲れがでてぐったりとしました。

ただ、仕事に対しての要求を高くしなければ、日本人でもアメリカで働くチャンスは十分にあると実感しました。

もしアメリカで働きたい、移住したいと思っている人は、英語を勉強し、まずは、面接にチャレンジするまでの道筋を描いてみてはどうでしょうか。

語学力

いちばんつらかったのは、語学不足によるコミュニケーションの障壁です。

文化の壁はあまり感じませんでしたが、英語に慣れるまで本当に大変でした。今でも、苦労していますが(笑)

日本で働いていた時は、数年ほど海外のお客さんを担当していたので、仕事上の英語はある程度できると思ってました。

驚いたのは、本場のネイティブの話すスピード。一語一語をつなげて発音するので、違う音に聞こえたりもする。

ひとの声のトーンによっては、聴きづらかったり、地方の人の英語はなまりが強かったり、スラングばかり使用したりと今まで勉強したことのない英語ばかりでした。

日本の学校では文法はしっかり教えるので、紙に書いてある英語は辞書さえあれば問題なく読めます。あとライティングも意思疎通はできるレベルで書けます。

ただ、日本で習ったリスニングでは、本場のネイティブのスピードにはついていくのが難しいと改めて実感。

職場でネイティブに混ざって会議をやるときは本当に大変でした。突然話しを振られて、意見を求められたり、担当案件の状況説明を求められたりします。

下手に答えと間違った方向に導いてしまいますし、何も説明できないと、周りから使えないというレッテルを貼られてしまうので、とにかくしゃべらないといけない。

リスニングと同じく、スピーキングも日本人の苦手なスキル。言っていることが一度で理解できなかったり、言いたいことがうまく伝わらなかったり恥ずかしい思いを何度もしました。自分は役に立っていなのではと、疑心暗鬼になったこともあります。

この状況を打破すべく、会議時のディスカッションは携帯に録音、帰宅した後に聞きなおして復習。朝はニュース番組、夜は海外ドラマを見てリスニングを鍛える
そして、余暇時間がスピーキングの練習をひたすら行い、英語力を鍛えました。

それでも、すぐには上達せずに、会議時のみならず、同僚と食事をしている楽しい時間でさえ、会話についていけなかったり、理解していないことがばれて、話しを振られなくなったこともあります。逆に、気を使われすぎて、申し訳なかったりといろいろありました。

もちろん、アメリカ人だけでなく、メキシコや欧州から来た従業員もたくさんいましたが、英語がすごくうまいんです。正直、びっくりしました。ほぼネイティブレベルで英語を話し、アメリカ人を圧倒するロジックで場を仕切ったりします。

こういった状況を日々見ながら、アメリカは自国の人間のみならず、各国から人が押し寄せてくるので、大変な競争社会であることを生で実感しました。また、欧米人は幼いころから学校で自己表現を行う場が多いため、人の前で話すのに慣れています。

また、会社の構造改革の一環でリストラも頻繁に実施されるため、仲の良かった人が知らぬ間に退職しているということなんて、日常茶飯事でした。

日本企業より実力社会で、英語力でハンデを抱えている日本人がこういった人材が溢れているアメリカ企業で戦うのは、極めて難しいというのが正直な思いでした。と、いろいろネガティブなことを考えても仕方がないので、とにかく前を見て、自信をもって、毎日仕事に取り組んだのを覚えています。

英語は年々、上達していきましたが、ネイティブレベルの壁はどうしても超えることができませんでした。英語を習うのは早ければ早いほど良いというのを身をもって体験した感じです。

私の経験上、日本で高校卒業してから、アメリカに留学し、現地大学を卒業。そのまま、アメリカの企業に就職という経歴の人は英語力はネイティブ近くまで行きます。

ただ、私のように30歳すぎてから、アメリカ移住となると、英語力の上達にはどうしても限界があるのかなと、いったところです。

気候

これは、番外編ですが冬の寒さにやられています。

仕事の都合上、私は東海外に住んでいますが、冬がとくにかく長くて、寒い。お盆を過ぎたあたりから、徐々に涼しくなり、11月から5月は平均気温10度を下回る冬です。日本で言うと、札幌あたりと同じ気温トレンドです。

もちろん雪もつもり、年に数回ブリザードとなり交通に混乱が生じます。住み始めてからの数年は新鮮で良かったのですが、これが毎年続くとさすがにきつい。
冬は寒すぎて外にでれない日が続くこともあり、精神的にまいります。

人によっては、うつになったり、お酒の量が増えたり、食べすぎによる体重増となど、問題に発展したりします。私も知らぬ間に、ストレスが増えてピリピリする時間が多くなります。精神的ダメージが発生するのです。。。

子供たちは、雪で遊べますし、学校が休校になったりしますので、かなりハッピーですが、親としては、学校が休校になると急遽仕事を休む必要もでてくるので(共働き)、大変です。

12‐2月はほ極寒となり、外で遊ぶことができなので、本当につらい。

ただ、車で一時間以内のところに小さなスキー場があり、10年ぶりにスノーボードを再開といった、肯定的な出来事も発生しましたが(笑)

いつか、カラットした天気、気持ちのより気候である、西海外のカリフォルニアにロスアンゼルスに住みたいです。

アメリカに留学、移住を考えている人は、ぜひ前向きに考えてください。日本以外にも選択しができると、人生をさらに楽しめます。

経済的にも、教育環境でも幅を広げることができます。

最後までお読みいただきありがとうございました。